2008年6月15日(日曜日)

【思い出して涙】もうすぐ一年になろうとしている【その1】

なんのことかって言うと、

3年半もの間キッパリと完全に足を洗っていたパチンコへ、
小生が現場復帰を果たしてから丸一年が経とうとしておるのだ。

「わしね、もう一回パチンコやってみようかて思っとうとよ。」
これが女房に言った最初の言葉であった。
「たくさん稼いでよ。」
予想通り、大賛成してくれた。昔バリバリやっていた頃を知っているからである。
何も知らない家族であれば絶対に反対するようなことであろう。
ありがたきは理解のある家族の存在である。
わずかなからの女房の会社員としての給与と、これまたわずかながらの
小生の本業での稼ぎに、借金こそ背負わなかったものの、
当時我が家の家計はジリ貧状態であった。

現場復帰は平成19年の7月。
復帰したばかりの頃は戸惑った。
少ない出玉、ボタン演出、多種多様のスペックの機種の登場、
それから、突然時短や突然確変の存在。
バトルタイプを初めて打った時なんて、
しばらくの間その仕組みが分からなかったほどである。
ちなみに、復帰後最初に打った台はスーパー海沖縄である。
出玉の少なさにげんなりしたのを覚えておる。
回転率もそれほど良いわけではなく、こんな今の台で今後本当に
勝っていけるのか?と本気で思ったものである。

しかし、再デビューで稼ぎ頭となった機種は「まことちゃん」であった。
店回りをやっておる最中に偶然等価交換の店で見つけた、
超お宝台のまことちゃんは今でも忘れられない。
4万使って8万出したこともあった。

復帰したての頃はもう今さら300分の1の台とか、
怖くて副業としてはとても打っていられないと考えておったので、
当面は手を出せず、秋までは甘デジばっかりやっていた時期があった。

等価のまことちゃんがありがたいことに、小生が数日空けて
また打って、また箱をモリモリ積んでも、まだ釘を据え置いてくれた。
その合い間に他のホールを回って他のまことちゃんを試しておったのだが、
やっぱり、あの台に敵うレベルの台にはめぐり合えそうになかった。
30玉交換の店でそこそこのレベルの台を発見したが、これは長くは続かなかった。

あの頃はちょっと本気で考えた。自信がなかった。
まことちゃんが撤去になった時はどうやって稼いでいくのか。と。
というのも、その頃小生は恒常的に通えるホールを探す日々が続いておった。
しかし、行く店行く店、もう完全に終わっているような状況であった。
昔良く通っていたホールも例外ではなかった。
現場復帰はまず店探しに苦労した。

【運命の出会い】現在メインにしているホール30玉交換A店

ついに等価ホールのまことちゃんが撤去となり、
小生はネットで設置店を検索した。
近場から見ていくと、あるホールが目にとまった。
それは、今小生がメインに通っていてブログで毎度毎度登場する例の店である。

正直、昔、この店のイメージはもの凄く悪いものであった。
40玉交換が当たり前の時代からこのホールは他の店よりもずいぶんと早くから
確か30〜35玉位の高価交換を実践しておったホールである。
なので、「換金率ばかり高くて、打つ台なんてまず見つからない店」
ろくに行ったこともないホールなのに、勝手に決め付けていた
小生の視野の狭さを後々気付かされることとなるのだ。

気が進まないまま、まことちゃん目当てにまだ暑い9月のある日に
このホールへ赴いたのが始まりであるが、小生が行った時には
すでに撤去されておった。
仕方なく、他の甘デジを試し打ちしているうちに、
結構な回転率を誇る北斗の拳と歌舞伎ソードを発見したことが、
その後このホールでメインに稼動するきっかけとなったのである。
もうひとつの理由が、ある「専業さん」がほぼ毎日のように
このホールで稼動しておるを目撃していたことも大きい。
しょーもないボッタクリホールであれば、「あの人」がこんなに
しょっちゅう通うはずがない。と。

とにかく、副業として現場復帰した頃を思い出すと、
もう、涙が出そうなほど感慨深いものがあるので、
この件については、もっと書きたいことが山ほどある。
今回の記事では復帰の7月から9月ごろまでのハナシが中心である。

この続きを【その2】で、1年間の収支関係のまとめ的なものを【その3】で、
それぞれ是非書きたいと思っておるが、
反響がなければ取りやめるかもしれない・・・


日記

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コメント


  1. 投稿者:四国松山    2008年6月16日(月曜日) 07時42分21秒

    これ読んでこっちが泣けそうになりました。
    いろんな人生がある。いろんな家族がある。
    でも、その家族を幸せにするための1つの手段としての
    パチンコ。
    うちの嫁は専業です。もし、自分が教えてなかったら
    ひと財産食いつぶしてたかもしれません。
    パチも喰っていける機種がなくなった時、ほんとどうしようって思います。(特に自分は)
    たまたま、今、それが海でなんとかいけてるだけですから
    【その2】をいまから、わくわくしながら待ってる自分が
    います。ではでは。

  2. 投稿者:gyoku    2008年6月17日(火曜日) 00時21分57秒

    松山さんこんばんは。

    しっかりと読んでいただき、まことにありがとうございます。
    【その2】を早速アップしました。
    どうぞお楽しみください。

    ところで、奥様は「専業主婦」ということですが、
    松山さんに隠れてひとりでパチンコに行ったりして
    ないのですか?ちょっと気になりましたw

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